壺阪寺 (高取町)
南に桜の名所・吉野山、北に大和三山の奈良盆地・飛鳥を一望におさめる標高300mの丘に建つ壺坂寺。

ここは、大宝3年(703年)に元興寺の弁基上人が修行していた所で、愛用の水晶の壺を坂の上の庵に納め、感得した像を刻んで祀ったのが始まりと言う。
寺の宗派は真言宗、西国33ヶ所第6番札所でもあり、壺阪は山号で、正式には平等王院南法華寺という。

仁王門を通って石段を登ると三重塔が建ち、その奥に礼堂(らいどう)と本堂があり、付近には阿弥陀堂・弁天堂・権現堂・鐘楼・納札堂・多宝塔などの堂宇がある。
また、高台には、本寺の医療支援に対する返礼として、インドで作られ寄進された20mの観音像が立っている。
本尊の大きな千手観音は目の病に効験があると信じられてきて、お里・沢市の説話「壺坂(阪ではない)霊験記」で広く知られており、八角の本堂に安置されている。

壺阪寺は、枕草子や今昔物語集などに登場しているて、平安時代から吉野・長谷とともに南大和の名所であったそうだ。

白鳳の瓦が出土することから大宝3年の創建はほぼ間違いないと言われている。

何回か火災にあっているが、現存の三重塔(重文)は室町時代に再建されたもので、礼堂(重文)も同じ頃に建てられた。
その他の堂宇は高取藩は成立した江戸時代初期のものだ。

尚、寺は昭和36年から盲老人福祉事業を行っており老人ホームが境内にある。
本尊・千手観音像
歌舞伎・浄瑠璃でお馴染み、夫婦愛を描いた「壺坂霊験記」のお里と沢市の像。
壺坂霊験記
300年以上も前、寺の近くに住んでいて、目の病で見えなくなった座頭の沢市は、三つ違いの女房・お里と貧しいながらも仲睦まじく暮らしていた。しかし、3年前から、お里が毎夜そっと家を出て行くのを怪しみ、男に会いに行くのであろうと邪推し、お里を問い詰めた。お里はそれを悲しみつつ、壺坂観音に沢市の目が治るようにと願をかけていることを打ち明けた。
疑ったことを恥じた沢市にも一緒にお詣りに行くことにした。しかし、妻の幸せを思うと自分などいない方がよいと思い、谷に身を投げてしまう。それを知ったお里もあとを追って身を投げるが、壺坂観音の霊験で二人とも助かり沢市の目も治った。
この説話を浄瑠璃では、「三つ違いの兄さんと・・・」、浪曲では「妻は夫をいたわりつ、夫は妻を慕いつつ・・・」という名文句が生まれた。
住 所 高市郡高取町壺坂3
電 話 0744−52−2016
アクセス ・近鉄吉野線壺阪山駅からバスで壺坂寺前行き終点下車すぐ
・阪和自動車道美原JCTより南阪奈道路経由
・西名阪自動車道郡山ICから国道24号線・169号線を南下
入山料 大人600円
駐車場 普通車400円
食事処 境内に「つぼさか茶屋」
平成19年にインドから招来された大釈迦如来像。
インド渡来の大観音石像、この前には大涅槃石像がある。
仁王門
多宝塔
三重塔(重文)
左:礼堂(重文)と右:(八角)本堂