平等院 (京都府)
2006年元旦、年末に帰郷した長女夫婦を京都駅に送る途中、久しぶりに宇治の平等院を訪れた。
閉館まで1時間もない慌しい観光になったが、相変わらず左右対称、鶴翼の鳳凰堂の姿は美しく、最近完成したのだろうか、平等院ミュージアム「鳳翔館(ほうしょうかん)」では陳列されている雲中供養菩薩像52躯など、数多い国宝を拝観できた。
住 所 宇治市宇治蓮華116
電 話 0774-21-2861
拝観時間 午前8時30分〜午後5時30分(入園受付15分前迄)
年中無休
拝観料 大人600円
鳳凰堂拝観300円
寺 宝 国宝:
平等院鳳凰堂、阿弥陀如来坐像、木造雲中供養菩薩像 51躯
、木造天蓋、鳳凰一対、梵鐘
アクセス 京阪宇治駅から徒歩8分
JR宇治駅から徒歩10分
駐車場 平等院南門前に有料駐車場
(京都方面から宇治橋を渡ってすぐに左折直進して突き当りを左折すぐ。)
URL http://www.byodoin.or.jp/
平等院(世界遺産登録)は、永承7年(1052年)、ときの権力者・藤原頼通が父道長の別荘を仏寺に改めたものだ。
翌年、藤原期の阿弥陀堂建築を代表する阿弥陀堂(鳳凰堂・国宝)が完成し、現在の本尊・阿弥陀如来像(国道)を安置した。
屋根に2羽の鳳凰を戴く阿弥陀堂は、鳥が翼を広げたような優美な姿から鳳凰堂と呼ばれるようになった。

鳳凰堂(阿弥陀堂)は、平安時代を代表する建造物であり、現在流通している10円硬貨の裏面にデザインされている。

(因みに平安時代とは、794年に桓武天皇が平安京に都を移してから、1185年頃の鎌倉幕府の成立までの約390年間を指す。)

鳳凰堂の内部は20分おきに、50名をまとめて解説を聞きながら拝観できる(入館料の大人600円とは別に300円が必要)。

そこに安置されている阿弥陀如来像(国宝)は、名仏師・定朝の作品である。建物中央の丸穴からは、お顔が覗くように設計されており、朝日に当たると金色に輝く。

ところで、これまで何回か訪れたが、いまだかって僧侶の姿を見ず、線香の匂いもしてこなかった。
今回、投稿の下調べをしているとき、次の一文を見つけた。

「平等院は既成のどちら(の宗派)にも属さない単立寺院です。そして、平等院には浄土宗の浄土院と天台宗系の最勝院があり、両寺で管理しています。」
もしかしたら、ここでは日常的な宗教的儀式をしていないのかもしれない。

鳳凰堂を囲む庭園は史跡名勝庭園に指定され、その一角には、重文の十一面観音像を安置する鎌倉時代再建の観音堂が建つ。
最近完成した平等院ミュージアム「鳳翔館」では、すべて国宝である52躯の「雲中供養菩薩像」「大和絵風九品来迎図」「梵鐘」「鳳凰1対」等を拝観できる。

(これらの写真は平等院HPを参照)
万葉集に詠われた景勝地の宇治を語るには題材に不足はない。

●宇治は源氏物語の舞台である。
紫式部の源氏物語五十四帖の内、最後の十帖はその舞台が宇治であることから「宇治十帖」と呼ばれている。

平等院のすぐ横に水量豊かな宇治川が流れている。
この川は、琵琶湖から流れ出た瀬田川が京都に入って宇治川と名前をかえ,さらに木津川,桂川と合流して淀川となる。
宇治橋の上流にある中州の浮島(橘島,塔の島)の両岸は約2000本の桜が植えられ、花見時は大変混雑する。

●宇治川の戦い
中学・高校時代に愛読した数多くの講談本、その中で特に源平盛衰記は面白かった。
宇治川を戦場とした源義経と木曽義仲の合戦で、義経軍の梶原源太景季佐々木四郎高綱が、人馬ともに川に乗り入れ「先陣争い」をしたストーリーに胸を躍らせたものだ。

●宇治茶
わが国のお茶に関して現在残っているもっとも古い記録は、奈良時代までさかのぼるといわれるが、本格的に茶を飲む風習が伝わるのは、鎌倉時代に宋から帰国した僧・栄西が日本に茶の種を持ち込んでからだ。

そのお茶を宇治に伝えたのは、栄西から茶を譲り受けた京都栂尾高山寺の明恵という僧だと伝えられている。.
栂尾から、宇治に伝えられたお茶はやがて宇治茶として、全国に広く知られていき、室町時代には、将軍足利義満は「宇治七名園」と呼ばれる茶園を宇治の地に作った。


現在の宇治茶は、京都・奈良・滋賀・三重の4府県三茶で、京都府内業者が仕上げ加工したもの、と定義されている。


朱塗りの橋を渡った塔の島にある高さ約15m、十三重の石塔は日本最大で、国の重要文化財に指定されている。
琵琶湖を源流とする宇治川の水量は常に豊か。対岸には平等院とともに世界遺産に指定された宇治上神社がある。
全国各地に出かける愛犬・アルも拝観。
● 宇治
2006.1.4 作成