● 深耶馬溪温泉・若山温泉
近隣から来られた男性と混浴露天風呂で温泉談義。
絶対見落とさない派手な看板。
一目八景のすぐ手前、県道沿いに偶然見つけた「若山温泉」。あとで分かったが、周辺で唯一の掛け流し露天風呂だった。
夕食は土地柄、海の幸がメイン、写真以外に3品ほどが後出し。
日本海を見ながらの快適なドライブ。
国道9号線(山陰道)で出雲へ。
国道9号線(山陰道)沿いの道の駅「キララ多伎」風力発電の風車が目の前に。
長かった旅もいよいよ最終日、奈良への帰途に出雲大社と松江を観光、それに昔宿泊した玉造温泉の長楽園に立ち寄る。
12日目 2005.4.13
● 輝雲荘
地元特産の淡い青緑色の福光石を浴室に敷き詰めた内湯(源泉掛け流し)
売り物の鯛の塩焼き
館内はすべて畳敷き。
温泉津温泉唯一の真新しい建物だが、旧街道の旅籠を思わせる造りだ。
● 薬師湯
● 元湯泉薬湯
浴槽は「ぬるめ」と「熱め」の2つ。湯はナトリウム・カルシウムー塩化物塩泉で僅かに青味がかっている。縁や床は付着した温泉成分でゴツゴツ。
これまで見た浴室の中で最も温泉成分が分厚く付着していて、床や湯船の縁の素材が全く分からなかった。
九州からの帰り、わざわざ遠回りして山陰・島根県の温泉津温泉に宿泊することにした理由は唯一つ、この2つの共同浴場に浸かりたいからだった。
霧がなければこんな素晴らしい景色を見ながら入浴が出来たはずだ。写真は温泉サイト仲間のプー助さんからの頂き物。
広々とした快い露天風呂だったが、折から霧が発生し、九重の山々を展望しながらの入浴は叶わなかった。
● 星生温泉 九重星生ホテル・山恵の湯
● 九重九湯
九重九湯の中で、既に壁湯・川底温泉には入浴していたが、他にも黄土色の温泉の筌の口温泉、湯治場の雰囲気を残す湯坪温泉などが魅力的だった。
その中で長者原温泉郷の一つ、星生温泉を選んだのは、九重の山々を背景に、泉質が異なる4種類の温泉が楽しめる高原の露天風呂「山恵の湯」に入浴したかったからだ。

薄霧のくじゅう花公園から阿蘇と別府を結ぶやまなみハイウェイ(県道11号線)に乗って星生温泉に向かった。
途中、「九重九湯」の案内板をたびたび見かけた。
これは九重山麓から飯田高原にかけて点在する龍門温泉郷・壁湯温泉・宝泉寺温泉郷・川底温泉・湯坪温泉郷・筋湯温泉郷・筌(うけ)の口温泉郷・長者原温泉郷・寒の地獄の9つの温泉・温泉郷のことだ。
緒方町の道の駅「原尻の滝」の周辺はチューリップが満開だった。
長湯温泉で入浴後、南西に15kmほどの距離にある日本の滝100選の「原尻の滝」に向った。
原尻の滝は「日本の滝百選」の一つで巾120、高さ20m、日本のナイアガラは少し大げさだが、なかなか壮観だ。
● 原尻の滝 (大分県)
2006年5月、長湯温泉は、全旅館・日帰り施設源泉掛け流し宣言を行った。
この人気の源泉となっているのが、首藤ご兄弟である。兄の方は、日本一含有量が多いと言われる炭酸泉を外湯(ラムネ温泉)に持つ「大丸旅館」を持ち、弟は女性に人気の「翡翠之庄(かわせみのしょう)」を経営している。
旅館組合のHPに拠れば、現在15軒の宿があり、何れも客室数が少なく、1万円以下で宿泊できる宿も多い鄙びた温泉地である。
恥ずかしながら長湯温泉は、九州行き直前までその名前を知らなかった。
・芹川沿いに湯煙を上げる長湯温泉は、「1980年代の湯布院」、「1990年代の黒川温泉」、そして、「2000年代は長湯温泉」と言われ、近年、人気が急上昇して年間70万人の観光客がやって来ている。
・炭酸含有日本一の温泉が湧く。
もちろんこんなことも後で知ったことだ。

従って、不勉強のまま現地に到着、車を停めた場所から一番近くにあった日帰り施設で入浴、これで了として出発してしまった。

後で、少なくとも3ヶ所、入浴したい旅館・日帰り施設が見つかった。まことに残念無念、今回の旅行で悔いの残る温泉地の一つとなった。
プー助さんのサイト参照

● 長湯温泉 (大分県)
くじゅう連山(大観峰から撮影)。この日は、この山の南麓と西麓を走った。
直入町は、くじゅう連山の東山麓に広がる標高300mから1,000mの高原の町。
それまでは直入郡にあったが、2005年4月1日付けで、萩町・久住町とともに竹田市と合併した。
県道30号線を更に南下、竹田市直入町に入る。
名水らしく沢山の人がポリタンクに水を詰めていた。
右手に城島高原を見ながら県道52号線を南下すると「水の駅」という聞きなれない看板が。「おづる」は「大津留」と書く字(あざ)名だ。
ナビに「長湯温泉」を指定して別府を出発。
運転中はどのルートを取っているか不明だったが、後刻調べたら、県道11号線・52号線・30号線と、地図上ではかなりか細い道を通過していた。
こちらは適温で入浴できた。
祀られた地蔵尊の前の賽銭箱に「入浴のお客様は維持管理費として100円を賽銭箱に入れてください」の貼り紙。
● 地獄原温泉
あまりの激熱で足を数秒だけ浸して退散。
翌朝、撮影の渋の湯の湯屋
● 渋の湯
古いガイドブックには、庭園の中に巨大な混浴露天風呂の写真が掲載されていた。どうやら、近年、男女別に分割したらしい。
広いロビーに入ると、二科会を主催し、優美な女性像を描いた東郷青児画伯の巨大な絵画が掛けられているのには驚いた。
最大の見物・血の池地獄は、間欠泉の竜巻地獄と共に鉄輪温泉から少し離れた所にある。
温泉街の中心にある白池地獄・海地獄・かまど地獄など、地獄の全てを観光できる共通券は2,000円、となかなかいい値段だ。
温泉玉子5個200円
サラリーマン卒業の身なので、心から笑えたタオル。
宿泊した旅館から撮影の鉄輪温泉。至る所から噴煙が舞い上がっている。
かまど地獄
白池地獄
血の池地獄
宣伝文句の日本最大の露天風呂は、やや誇大だが、それでも誰もが驚く大きさ、しかも掛け流しであることが素晴らしい。
混浴だが、女性専用の入り口があるので、タオルを巻いて入浴すれば抵抗感が少なくなる。
現役の頃、業界管理部門の親睦旅行があり、長楽園に宿泊したので、20年ぶり、2回目の入浴となった。そのとき記憶に残ったのは、昭和天皇が宿泊された名門旅館であること、それに25mプールより大きい露天風呂だった。
天平5年(733年)に編纂された「出雲国風土記」に登場する玉造温泉は、有馬・道後・白浜・湯の峰温泉などと並んで文書に残る日本最古の温泉の一つである。
現代の玉造温泉は、宍道湖に注ぐ玉湯川の両岸に20数軒の旅館が建ち並び、三朝温泉(鳥取県)と並び山陰を代表する温泉地と言えよう。
● 玉造温泉・長楽園 (島根県)
● 明礬温泉・明礬里の湯
明礬温泉は、別府温泉の西北、大分自動車道の別府湾サービスエリア周辺、300m前後の高台にあり、麓の鉄輪温泉の雑然とした雰囲気とうって変わって緑豊かな自然を有している。
その名の通り、江戸時代には明礬の採取地・湯治場として発展していった。丘陵の斜面のあちらこちらから噴煙が舞い上がり、わらぶきの湯の花採取小屋の風景とあいまって、独特の風情を漂わせている。
九州11泊温泉旅 ・・・愛犬アルも一緒に
Part4
9日目 2005.4.10
旅程の3/4が終了し、残り3日となった。
この日、唐津の国民宿舎「虹の松原ホテル」を9時前、別府方面に向かって出発した。
途中から旅行2日目とまったく同じルートをたどり、九州自動車道大宰府ICから大分自動車道で鳥栖JCT・甘木IC・朝倉ICを通過し、日田ICで下りた。向うは天下に名高い耶馬溪だ。
一口に耶馬渓と言っても本耶馬渓・裏耶馬渓・奥耶馬渓・椎屋耶馬渓・羅漢寺耶馬溪とあって、どれが本命か分からない。

日田方面からだと裏側から入ることになり、奥耶馬渓・本耶馬溪を通過して、有名な「青の洞門」に向った。


菊池寛の小説「恩讐の彼方に」は、中学生か高校生のときに読んだ。
この小説で全国的に知られるようになった青の洞門は、山国川に面してそそり立つ競秀峰の裾にあり、江戸中期、今から250年ほど前にやって来た旅の僧・禅海和尚が、難所で命を落とす人馬を見て、ノミと槌だけで342mのトンネルを30年もの年月をかけて完成したものだ。


現在の洞門は、大部分が国道のトンネルになっているが、数10メートルだけ、昔の姿のままで保存されている。
禅海和尚像
近くにこれまた名所の羅漢寺があることは承知していたが、時間の関係でパスし、耶馬溪で最も雄大な景観を誇る「一目八景」を観光するために、やって来た道を引き返し県道28号線に乗り換えて南下した。
●一目八景
一目八景の展望台からは、夫婦岩、烏帽子岩、仙人岩等の鋭い岩峰が一目で望め、まるで中国の南宋画の様だ。
折から桜が満開だった。
● 別府温泉 (大分県)
このまま県道を南下し、玖珠ICで再び大分自動車道に乗って別府温泉に向った。
町のいたる所から湯煙が上がり、年間400万人の観光客が訪れる日本最大の温泉地。

別府温泉郷は別府・明礬(みょうばん)・観海寺・鉄輪(かんなわ)・浜脇・堀田(ほりた)・亀川(かめがわ)・柴石(しばせき)の8つの温泉の総称で、これを別府八湯と呼ぶ。
とにかく別府のスケールの大きさには驚かされる。
・宿泊施設が400ヶ所ある。
・お金を払って手軽に入浴できる温泉施設も400ヶ所。
・日帰り入浴施設が150ヶ所、市営の共同浴場だけで18ヵ所。
・源泉が2、800ヶ所超。
・湯量が日本一(但し自噴+動力汲み上げの合計。自噴だけでは草津温泉が日本一)
● 鉄輪温泉
別府八湯の中で最も温泉情緒を漂わすのが鉄輪(かんなわ)温泉。
別府温泉最大の観光スポット「地獄巡り」もこの周辺にある。
宿泊する鉄輪温泉に行く前に、明礬温泉に立ち寄った。
別府温泉最大の観光名所、鉄輪温泉の7つの地獄群の真っ只中にある大きな温泉旅館が「おにやまホテル」。
部屋数は90室を超え、私の旅館選びの基準「部屋数は30室まで」をはるかに上回る。
それでもここを予約したのは、地獄に囲まれ、いたるところで湯煙を上げる温泉街情緒、リーズナブルな宿泊料金、それに別府最大級の掛け流し露天風呂がある、のが理由だった。
夕食後、近くの2ヶ所の共同浴場で入浴。外湯巡りは別府温泉の楽しみの一つだ。
10日目 2005.4.11
当初は、この日、別府から船で大阪港に帰る予定だったが、愛犬を船内の狭いゲージに入れなければならないことが判明。帰りも車で帰ることにして、旅程を2日間延長した。
町営の長生湯は、大丸旅館にほど近い芹川沿いに面している。現在の建物は、大分市在住の建築家が設計し1998年に竣工、その優れた設計で幾つかの賞を受賞したそうだ。
この町は「水」をキーワードに町起こしをしており、そのシンボルの一つが芹川とこの川に沿って湧く日本一炭酸含有量の多い長湯温泉がそれだ。
芹川沿いの桜が満開だった。
名物の露天風呂「ガニ湯」や前述の「ラムネ温泉」「御前湯」「長生湯」「ながの湯」「天満湯」など、多くは町営の外湯があり、これを目当てにやってくる温泉通も多い。
湯はもちろん掛け流しで、わずかに緑色がかったマグネシウム・ナトリウム-炭酸水素塩泉(含土類重曹泉)は、肌に優しいしっとりとした感触があった。。
晴れていれば目の前に久住山をはじめとする九重連山、遠くに阿蘇五岳を眺望できる。
訪れた日はあいにくの霧雨、この素晴らしい風景が楽しめなかった。

一部
● くじゅう花公園 (大分県)
    
原尻の滝から国道442号線(日田往還)で約30km、久住山(1,500m)の南、久住高原の標高850mにある「くじゅう花公園」に向った。
阿蘇くじゅう国立公園内にあって、20万uの広大な敷地持ち、春から秋にかけて500種類・300万本の花を咲かせる。
例年になく冬が厳しかったため、華やかなチューリップ畑の春景色も見られなかった。
園内には、レストランや大きな売店もある。
再びやまなみハイウエィに乗って引き返し、今夜の宿泊地に向う。
霧がますます濃くなり、ノロノロ運転で高原を進む。
やまなみハイウエィ最高標高(1330m)の牧ノ戸峠を越えたときは、視界が30m前後となった。
● 紅殻之湯温泉・レゾネイトクラブくじゅう (大分県)
当初、別府温泉を最後に帰途につくはずだった。しかし、思いっきりドライブしたかった阿蘇・九重(久住)の高原での宿泊がゼロ。
そこで久住高原でもう一泊することし、予約した温泉は新興(1993年12月オープン)の
紅殻之湯温泉だった。

ここを予約した理由は、温泉そのもので選んだわけではない。
ガイドブックや雑誌の写真で見たホテルが、大自然の真っ只中にあり眺望が素晴らしいこと、建物・客室・レストランなどに他とは違う大人の雰囲気があったこと、旅館の食事に飽きた時分に美味しそうな豊後牛のステーキが食べられること。
それに、相互リンクさせて頂いている福岡県在住住プー助さん(女性)が、ご自分のサイトでこのホテルのことを
いつかは泊まりたい宿です。館内・部屋の雰囲気がとても良く、食事も美味しそうです。豊後牛のロティスリー焼きが名物」と記述されていたからだった。
この日2回目の牧ノ戸峠越え、濃霧の中、冷や汗をかきながらようやく目的地に着いた。
レゾネイトとは「自然との共鳴・共存」という意味らしく、自然への配慮が至る所に見られる建物だ。
館内の照明は、蛍光灯でなく白熱灯で輝度を落とし外部に光が漏れないようにしてある。
重厚なレストラン
レストランで丹念に調理される豊後牛モモ肉ロティスリー
黄土色の温泉
11日目 2005.4.12
午前9時前にレゾネイトクラブくじゅうを出発、県道40号線で飯田高原を縦断、三度、大分自動車道に乗って日出JCTで宇佐別府道路に乗り換えた。
その後、国道10号線を進み、小倉南ICから九州自動車道に乗って本州に入り、中国自動車道・浜田自動車道と乗り換えて温泉津温泉に到着したのは、午後4時半過ぎだった。
,今日は九州を発って、日本海側・島根県温泉津温泉までの約500kmをノンストップで走る。
● 温泉津温泉 (島根県)
温泉津は「ゆのつ」と読み、文字通り「温泉のある津」に由来する。

温泉津は、かっては世界の銀の1/3を産出し、海外にも輸出していた石見銀山と深い係わり合いがある。

発掘された銀は、周辺の港から出荷されていたが、その内の一つが現在の温泉津港だった。
銀山とこれらの港の間は道が整備され、銀山街道と呼ばれていた。

温泉津港近くから500mほど、この銀山街道に沿って小さな旅館、外見からは営業しているかどうか分からない古びた土産物屋、寺院それに共同浴場が立ち並び、大正・昭和初期の風情を漂わせている。

到着したのは午後4時過ぎだったが、ものトーンの町並みには人影が少なく、この付近だけ時間の流れが止まっているように思えた。
一瞬、100年前にタイムスリップした感覚になる温泉街。
建国神話では国譲りをした「大国主大神(おおくにぬしのみこと)」を祀り、縁結びの神様として知られる出雲大社。

陰暦の十月のことを神無月と言うが、これは全国の神々が出雲の国に集まり、神々が留守になるのでこう呼ばれるようになった。
創建当初の出雲大社は高さが48mもあって、東大寺を上回る巨大なものだったという伝承があり、最近これを証明する柱跡が発掘されている
一番奥に日本で最も古い神社建築形式である大社造りの巨大な本殿(国宝)。
国道431号線で宍道湖北岸を走って松江へ。
松江城の周濠
      小泉八雲(ラフカディオ ハーン)旧邸
高校生のとき、英語の副教材で彼の著書「Kuwaidan=怪談」を読んだ思い出がある。

● 出雲大社 (島根県)
 ● 松江 (島根県)
松江から20分ほどの距離にある山陰の名湯・玉造温泉が今回の旅の最後の温泉となる。

2005年4月13日午後1時、11泊12日の旅はこれにて温泉・観光をすべて終了、約400km先の我家への帰路についた。
● 青の洞門 (大分県)
洞門の大部分は国道になっていて、原形を留めてるのは僅かな部分だ。
山国川沿いの本耶馬渓風景
大分自動車道別府湾SAからの別府温泉全景、前方は猿で有名な高崎山。
● 鉄輪温泉・おにやまホテル
● 長湯温泉・長生湯
全走行距離:3690km