地上27階 716室。階地下2階から15階は大丸梅田店。

通天閣は大阪市浪速区のディープな新世界中心部に建つ展望塔である。現在の通天閣は、1956年(昭和31年)に竣工した2代目だ。見かけより高く108mもあり、屋外展望台やスイーツが楽しめるカフェもある。
2007年5月に国の登録有形文化財に指された。

本宮が第1から第4まで4棟ある住吉造りと称される古代日本の建築様式。現在の本宮社殿4棟は、文化7年(1810年)に造営されたもので国宝に指定されており、その他にも多数の建物が国の重要文化財である。

今宮戎(いまみやえびす)大阪市浪速区恵美須にある商業信仰の神社。創建は推古天・聖徳太子の時代に遡るという。1月9・10・11日の三日間の祭礼で約100万人の参詣者がある。住吉神社に向う途中のタクシーに立ち寄ってもらったが、以外と狭い境内に驚いた。

館内は、思ってたより狭かった。

この日出演の座長2人(すっちーと辻本茂雄)の看板。

翌日、事前にインターネット予約をしておいた吉本新喜劇の昼公園をここで観た。座長の辻本茂雄やすっちーの他、M−1グランプリ受賞したばかりの銀シャリや山田花子が出演。テレビ越しでなく、生で見るこれらの役者さんの演技に引き込まれた。40年前、東京から転勤してたとき、テレビの吉本新喜劇番組を観て、全く面白く無かったのを思い出していた。

2日目、たこ焼きなどを間食し空腹を覚えなかったので、難波駅に隣接するレストラン街でカレーで済ませた。メモしておらず店名不明。

紅梅は鮮やかだが、この歳になると白梅の儚げさがより美しく思う。

大阪城観梅

難波駅から道頓堀に向かう途中にある法善寺横町。水掛不動で知られた浄土宗の法善寺の北側にある細長い路地で法善寺裏と呼ばれていた。しかし、昭和初期の小説「夫婦善哉(織田作之助著」などで登場して有名になり、法善寺横町の名称が定着した。
因みに、当寺院は千日念仏を行ったことから俗に千日寺と呼ばれ、千日前(通り)は当寺院の門前に由来する。

グリコと並ぶもう一つのシンボル、かに道楽の動く看板。

はじめてグリコを観た家内。

いつもは自宅近くのイオンかアピタで買う夕食用の寿司は600円程度。今夜は奮発、日本一のデパ地下と評判の高い梅田の阪神デパート地下食品街で、1681円の折り詰めをホテル持ち帰り用に購入。

半世紀以上前、そば屋の醤油・煮干しの東京ラーメンを慣れ親しんだ世代、澄んだスープに惹かれて、まっぷるで見つけた長い店名のこの店で初日の昼食として売り物の塩ラーメンねぎ油(750円)を食べた。細長い路地の先にカウンター8席のみの狭い店。

朝 食
大阪市内シテイホテル4泊滞在記

家内には15年以上温泉につき合ってもらったのに、かつ関西にかれこれ35年住みながら、2府4県の府県庁所在地や都市部をほとんで連れて行ってないことに気づいた。
遅まきながらこれを償うため、二人の綱渡りの体調を意識しつつ検査の合間を縫って、大阪市、京都市、神戸市、大津市、奈良市、和歌山市に2泊、それも温泉とは無縁のシティホテルに宿泊して、がちがちのプランは作らず、きままに観光することにした。

初回の大阪も2泊を考えていたが、ミナミ(難波)2泊が楽しかったので、後日もう2泊することにし、こんどはキタ(ウメダ JR大阪駅構内)のホテルに予約を入れた(結果として、難波宿泊が断然楽しかった)。

動は最寄り駅の近鉄奈良線学園前から難波駅まで乗り換え無しで一本、後半の2泊も鶴橋乗り換えて環状線で大阪駅までの楽な交通手段で往復した。

宿泊シティホテル

宿泊年月日 宿泊場所 宿泊ホテル
2017年02月20〜22日 大阪市中央区難波(南海難波駅&高島屋直結) スイスホテル南海大阪 
エグゼクティブ ルーム ツイン
17、325円(朝食付き)
2017年04月06〜08日 大阪市北区梅田3丁目(JR大阪駅直結) ホテルグランヴィア大阪
26階スタジオツイン
16,480円(朝食付き)

思わず笑い出してしまう沢山のグッズがずらり。

大阪市の概要
デパ地下

チェックイン前、荷物をホテルに預けて向かったのがいま注目の「裏難波」。と言ってもアルコールを一滴を飲めない自分には無縁の地域。ネットで「なんばグランド花月」がこの一帯に入るのを知って、そこを目指した
後日判明したが、ウラなんばと言えば「北は千日前から南はなんさん通り、東は黒門市場から西は高島屋あたりまでの界隈を指す」とのこと。

今宮戎神社

1935年に設置され現在が6代目、お馴染み、道頓堀のランドマーク、グリコの巨大ネオンサインを戎橋上から撮影。戎橋の名称由来は、今宮戎神社に通ずる参道上にあったからだ。1日20万人が往来する。

昼 食

スイスホテル南海の朝食。目の前で作ってくれるプレーンオムレツが美味しい。翌日は和食中心(下)に切り替え。

スイスホテル南海大阪

食事:朝食はホテル、昼食は外食、夕食は外食と持ち込み

大阪市の人口は、東京区部の927万人は別として、横浜市372万に次ぐ269万人で第2位である(2017年10月末現在)。市内総生産は約20兆円で2倍から3倍の人口を有する北海道、千葉県、兵庫県などの一つの道県の県内総生産を上回る。

面積は東京都区部、横浜市、名古屋市の3分の1〜3分の2程度にもかかわらず、行政区が東京23区を上回る24区もあるので、10kuに満たない小さな区が大部分だ。
近年は都心回帰が顕著で、また外国人の来訪増加もあって、大阪都心9区(北区・中央区・西区・天王寺区・浪速区・都島区・淀川区・阿倍野区)を中心に、マンション・ホテル用地、商業地の需要が高いため地価が高騰している。

中世には、浄土真宗の本山であった石山本願寺が置かれ寺内町ととして発展、後に豊臣秀吉が大坂城を築城して城下町が整備された。江戸時代には天領となり、江戸をしのぐ経済・金融・商業の中心地として発展、天下の台所と称された。

明治時代に入ると繊維工業を中心とした工業都市となり、東洋のマンチェスターと称された。
第二次世界大戦後は重化学工業の比重が高まり、阪神工業地帯の中核を担っている。


また、卸売業を中心に商業活動も活発で、道修町(薬品)、松屋町(玩具)、本町(繊維)などの問屋街が現存している。
かっては10大商社の内7社が大阪に本社を置いてあった時期もあったし、中之島や北浜界隈には金融街が形成されていたが、何れも東京移転の傾向が止むことなく続き往時の面影は無い。

しかしながら、近年になってアジアを中心とする観光客が急増し、各方面で活況を取り戻しつつある。

東京と比較し著しく劣るのは学都としての側面で、有名・大型大学の大阪大、関西大、近(畿)大学などの何れもが市外に拠点を置いている。

市内の二大繁華街(観光・ショッピング・グルメ・娯楽等)は下記のキタとミナミだ。
(上下ともウイキペディア等参照)

ミナミ最大の観光スポット、夜の道頓堀・戎橋(えびすばし)周辺。昼の風景とは全く異なってくる。

ほぼ満開の梅を愛でながら散策、と言いたいところだが、この頃、既に狭心症の前駆症状である動悸と息苦しさが始まっていて、1.7ヘクタールがとてつもなく広く感じられた。

事前に調べて青屋門が梅林に一番近いことを承知していたので、大阪城ホールでタクシーを降り、この門をくぐって場内に入った。

途中、前方に大阪城の天守閣が見えたが、階段が多いと推測して最初からパス決定。

阪急百貨店5階のインターナショナルブティックスフロアのバーバリー店に直行、長女がオフィスで着るブラウスを購入した。

これも阪神デパ地下。

日本一のデパ地下との評判が高い庶民的な阪神百貨店の地下と高級感がある阪急デパートの地下を散策、ホテル持ち帰りの夕食などを買い求めた。
また、長女が好むバーバリーのビジネス用ブラウスが奈良で替えなくなったので、阪急にある直営店で買い求めた。

鶴 橋

タクシーで上記のあべのハルカスに向う途中、運転手にお願いして通天閣の真下を通るようしてもらったが、展望塔塔には上がらなかった。
まだ現役の頃人事院主催の公務員・民間企業人1週間合宿研修で親しくなった勤務してた会社の所轄官庁本省の課長が来阪し、ここを見学したいという希望があったのでご案内したことがあるが、それ以来のことだ。

通天閣

古代、、現在の大阪市域で唯一海に没していなかった上町台地にあって大阪湾の方角に西面して鎮座していた.。
海を司る神三神と神功皇后を祭神とている。ヤマト王朝時代からの要港である住吉津・難波津から出港する船の航海守護の神として崇拝され、遣唐使船にも祭られてきた。

平安時代には和歌の神としても信仰され、「源氏物語」をはじめ多くの物語に描かれ、たびたび貴族の参詣もあった
江戸時代には、摂津国の一宮として広く庶民に信仰され、その後、旧官幣大社として全国でも代表的な神社の1つとなった。

住吉大社

大阪から地方に転勤した人が一番喜ぶ「551蓬莱の豚まんの本店がここにあったと二人揃って声をあげた。東京への土産は必ずこれを持って行く。肉まんでなく豚まんというのにも慣れた。

右手奥のふぐは、これまたお馴染みの「づぼらや」の看板。
最近、河豚は、とらふぐ最大の水揚げ地、遠州灘に近い浜名湖:舘山寺温泉に泊ったときに食べてる。

26階の部屋だったが、周囲も高層ビルが多いので、見下ろす感じにはならない。

部屋からの眺望。ほとんどのビルを見下ろす。

 大阪城天守閣と石垣(今回は観梅のみ)

やや広め(32u)のツインで32〜34階にある。

平日なのにこの賑わい、半分以上が外国人観光客、中国語と韓国語が耳に飛び込んできた。

スタジオツイン 20uスタンダードツインで狭い。割高に感じたが、大阪駅直結の利便性故だろう。

道頓堀・戎橋(えびすばし)から見る名物のグリコ看板)

パスポートが要らない韓国旅行、それが鶴橋のコーリアンタウンだ。
午後1時過ぎに到着したので、先述の通り「とんがらし土井」で昼食、その後、スーパーなどでは買えないキムチを求めて鶴橋商店街に向った。

狭い路地の両側に韓国料理食材、衣服、雑貨などの店が立ち並ぶ。

近鉄(近畿日本鉄道)が自社所有の阿部野橋ターミナルビル旧本館敷地に総工費760億円をかけて建設した日本一の高層建築で、2014年3月にオープンした。

建物は鉄道駅(JR天王寺駅直結)、近鉄百貨店(B1〜14F)、事務所(17F〜18F 21F〜36F)、大阪マリオネット都ホテル(17F〜18F 38F〜57F)、あべのハルカス美術館(16F)、展望台・カフェレストラン・ショップ(58F〜60F)から構成されている。

とんがらし土井
パスポート無しで行ける鶴橋・生野のコーリアンタウン。

JR/近鉄鶴橋橋駅から徒歩2分の所にある韓国家庭料理の店で「冷麺・ビビンバセット1000円(?)」
ウラなんば(裏難波)

夫婦揃っての足腰障害や当時、自分が心臓に問題を抱え、長距離を歩き難かったので、ホテル周辺とタクシー利用の観光に限定して出歩いた。記事は順不同。

法善寺横町

4泊とも朝食付き宿泊料金、最上階レストランの素晴らし眺望を楽しみながらの朝食ビュッフェは嬉しかった。

地上36階 546室。南海難波駅・高島屋直結。

開放的な吹き抜けのロビー

家内は膝と股関節の手術、自分は、この頃から心臓の動悸が激しくなっていて(後日 心房細動と狭心症直前で手術)、かつ、脊椎管狭窄症のせいか、長距離歩行が難しくなってきていたので、駅に隣接し観光・食事・買い物にあまり歩かなくて済む、を条件にホテルを探し、難波駅・大阪(梅田)駅と一体となったこの2つの宿に予約を入れた。

ホテルグランヴィア大阪

北(キタ) キタのカラーをは一言で表せば「ターミナルシテイ」だ。鉄道網が発達していて、京都・神戸・大阪市内へのアクセスがすこぶる良い。JR大阪駅、市営地下鉄・阪急電鉄・阪神電車の梅田駅がキタの中心的エリアだ。これらは地下街で連結して一つの巨大ターミナルを形成している。
ビジネスシティに相応しく一帯にはハイクラスのホテルが建ち並び、ショッピングシティとして個性が異なる大丸、阪急、阪神、伊勢丹三越の4デパートが競っている。
これらの百貨店の外側には、ヨドバシカメラ、HEP(阪急エンターテイメント)、オオサカガーデンシテイ、梅田スカイビルなどのショッピングモールが取り囲んでいる。

因みに梅田は明治7年に国鉄の大阪駅が開業したのが都市の始まりで、その際、沼地を埋めて田んぼにしたのが埋田と呼ばれて、それが転じて梅田になった。
南(ミナミ)  ミナミの最寄り駅は近鉄線・南海線難波駅、梅田駅からは地下鉄御堂筋線でたったの4駅、8分で到着する。
ミナミの中心と言えばやはり道頓堀の戎橋(えびすばし)周辺だ。道頓堀は東横堀川と西横堀川を結んで木津川へ注ぐ堀川の開削奉行を命じられた安井道噸に因んで名付けられた。
また戎橋は、阪神タイガースが優勝したとき、熱狂したファンが道頓堀に飛び込んだ橋として知られている。
この周辺は、船場商人が遊行に来た所、つまり食べて飲んで騒いだ遊び場が発展して町が出来上がったわけで、これが今もミナミの遺伝子として伝えられており、道頓堀を跨ぐ戎橋に立つとこれが実感できる。
ミナミのもう一つの文化の伝承が芝居小屋だ。歌舞伎、狂言、人間浄瑠璃、落語といった芸能が継承され、なんば花月や大阪松竹座もその延長線上にある。

ホテルの朝食が好きな本人

夕 食

宗家一条流がんこラーメン十八代目
(中央区難波千日前10−13 難場グランド花月裏側)

内濠の東側、約1.7haの広さに約1,300本梅が植えられている。
当梅林は、大阪府立北野高校の卒業生が開校100周年事業として、22品種880本を大阪市に寄付した事で、昭和49年に開園した。現在は100品種を超える梅が植栽されている。

温泉を通じての長いつきあいの温泉たまこさん(現在はブログ・串カツ子の旅日記)が、私が大阪に宿泊することを知って 「今、大阪城の梅が見頃ですよ」との情報を下さったので、難波宿泊2日目に出かけた。

東京のデパ地下と比べると、海産物の品数が圧倒的に多いのと安いことだ。

見たことのないキムチ、辛そうなキムチ、美味しそうなキムチが並ぶ。ここでは白菜のキムチがマイナーに見えてしまう。ホテルに持って帰っても臭わないように厳重にパックしてもらい何点かを買い求め、近所にも配った。

鶴橋駅は、近畿日本鉄道の奈良線・大阪線)、JR西日本の大阪環状線、大阪市営地下鉄の千日前線が乗り入れ、接続駅となっている。
自宅が近鉄奈良線の学園前、会社が御堂筋線淀屋橋だったので、25年間、朝晩に必ず鶴橋駅を通過し、駅周辺に集中する韓国料理の焼き肉の臭いを嗅いできた。
家内はここに20年前に一度来たきりだったので、住吉大社からタクシーでここにやって来た。

写真は屋内回廊で360度の眺望が楽しめる。ビル呼称の「ハルカス」は、平安時代の伊勢物語にも登場する古語の「晴るかす」に由来する。この言葉には、「人の心を晴れ晴れとさせる」という意味があるそうだ。

あべのハルカス 地上300mは日本一の高さ。因みに第2位は横浜ランドマークタワー(296m 横浜)、第3位はりんくうゲートタワービル(256m 大阪)あいにく春霞がかかって展望台からの眺望は今一つだったが眼下のビルが豆粒の様に見えた。展望台までの料金は大人1500円、中高生1200円 小学生700円、幼児(4歳以上)500円。

あべのハルカス

住吉大社境内に入ると最初に出てくる反橋(太鼓橋)。4月7日の参拝、桜が満開だった。

なんばグランド花月前の賑わい。

何はともあれ、たこ焼きを賞味。関西在住35年でも所詮関東出身の異邦人、すっかり観光気分だった。。

翌日、吉本新喜劇公演観覧

風情ある石畳の路地の両側に老舗の割烹やバー、お好み焼き、串カツ店などが立ち並ぶ。ミナミの繁華街に在りながらしっとりした浪花情緒を漂わせている。

大阪、それも道頓堀でしかお目にかかれない強烈な個性の看板。

道頓堀(戎橋周辺)
大阪市内観光買い物

最終日は、14階大丸大阪エキウエダイニング美食区にある京料理の「本さち福や」で「ぶぶ漬け+焼き魚セット(1575円)」

道頓堀のぼでちゅうでお好み焼き。温泉旅の撮影の煩わしさから解放される旅なので、写真・メモを殆ど取っておらず、何を食べたか思い出せない。