住 所 和歌山県田辺市本宮町湯の峰122
(旧住所)和歌山県東牟婁郡本宮町湯の峰122
電 話 0735−42−0012
交通機関 五條から国道168・311号線で約115km
阪和自動車道みなべICから国道42・311号線で約70km
新宮市街から国道168・311号線で約40km
JRきのくに線紀伊田辺駅から龍神バス本宮大社前行きで1時間30分、湯の峰温泉下車すぐ。
施 設(日帰り用) ロビー(コーナーにあって狭い)、専用駐車場(30台 他に公共駐車場有り)
宿 泊 2食付(税込み) 2人1室 16、150円)〜32,150円(2009年5月現在)
料金は逐次変更されるので下記HPを参照下さい。
泉 質 含硫黄ーナトリウムー炭酸水素塩・塩化物温泉 (天然湧出 50リットル/分 92.5度 気候気温によって色が変化)
適応症 不記載(理由は「温泉の基礎知識ー温泉の効能」参照)
入浴時間 13時〜15時 (宿泊者は24時間)
定休日 無休
入浴料金 大人700円 (要予約)
入浴施設 内湯男女各1 露天風呂男女各1 蒸し風呂2 (宿泊の場合は男女交代制)
貸切風呂2(予約不要)
浴室備品 シャンプー、ボデイソープ、ロッカー、ドライヤー
観光スポット 熊野本宮大社、熊野古道、瀞峡(ウォータージェット)
土産・食事 旅館内不可
近くの温泉 川湯温泉(富士屋仙人風呂)、渡瀬温泉奥熊野温泉上小野温泉雲取温泉湯の口温泉入鹿温泉、熊野川温泉、十津川温泉郷十津川温泉十津川温泉郷上湯温泉十津川温泉郷湯泉地温泉
田辺市HP
あづまやHP
観光協会HP
http://www.city.tanabe.lg.jp/
http://www.adumaya.co.jp/
http://www.hongu.jp/
雑記帳 日本秘湯を守る会の会員旅館は全国で135ヵ所あるが、その内関西はわずかに5ヶ所、この内の一つが「あづまや」である。
今回スタンプ10枚による無料招待をあづまやで利用した。
データ (変更されている可能性もあります。お出かけ前にご確認ください。)

浴室全てが木造の内湯は、これまで入浴した風呂の中で1,2を競う風情がある。
浴室は大小があるが(時間により男女交代)、何れも珍しい槙(まき)造り、床は檜で、天井はもとより窓や鏡までが木枠、置いてある桶もプラスティックでなく重厚な杉物である。

大小の槙風呂とも時代を経ないと出せない感涙ものの趣がある。
その湯舟にはかすかに硫黄の臭いがする透明な湯が満々と張られ、入浴すると豪快にあふれ出る。

横には畳一畳ほどのさまし湯があり、ここには高温の源泉を(加水無しで)冷ました湯が注がれている。2ヶ所の浴室には温泉を利用した蒸し風呂も付いている。

男女別の庭園露天風呂もあり、こちらでは湯の華が舞うのが見える。

温泉サイト仲間で福岡在住のプースケさんを3泊4日で南紀・奈良をご案内、この日、初日の白浜温泉を発ち十津川温泉等に立ち寄ってから、日本百名湯の宿である湯の峰温泉・あづまやにチェックインした。
今回は「日本秘湯を守る会」のスタンプ10個収集による無料招待で2回目の宿泊、第一回目の宿泊(記事が詳細)についてはこちらをご覧ください。

プースケさんセルフ撮り

● 時の流れが造り上げた味わい深い内湯

温泉教授・松田忠徳氏が「日本百名湯」のなかで選んだ「あづまや」の創業は江戸時代後期。
明治36年(1903年)の部屋が6室残されていて、天皇皇后両陛下が宿泊された部屋も利用できる。

フランスの作家・アンドレマルローが「これこそ日本の旅館」と賛辞を呈した、とはここの紹介につく枕詞だが、マルローならずとも木造4階と2階建ての純和風の宿には、日本人なら誰もがしっとりした情緒を感じるはずだ。

館内のどこを歩いても決して豪華ではないが、年輪を重ねてきた老舗の風格と歴史を感じさせる。
部屋は全部で22室、18室がT付、3室がBT付、露天風呂付の特別室が1室ある(料金については下記HP参照ください)

嬉しいのはチェックインが午後1時、周辺のつぼ湯や共同浴場を含めて浸かる風呂が多いので、是非、早めに到着しよう。

施設名 : あづまや (第1回宿泊 2007年3月2日 第2回宿泊 2008年10月21日) 
所在地 : 田辺市本宮町

2005年5月1日付けで、(旧)田辺市は湯の峰温泉があった東牟婁郡本宮町の他、龍神村、中辺路町、大塔村を吸収合併、これにより太平洋側から国道311号線沿いに県下最東部の山間部まで、世界遺産・熊野古道の中心「中辺路(なかへち)」を町域に有する東西に長い市域となった。

本宮町は、和歌山県の中東部、奈良県の秘境・十津川村と三重県・紀和町と境を接し、93%が森林地帯でかっては林業の町だった。

しかし、輸入木材に圧迫され、さらに、林業従事者の高齢化や担い手不足など、緑を守り抜くには極めて厳しい状況になっている。
現在の本宮町は、信仰と温泉をベースにした観光の町と言っていい。

本宮町に鎮座する熊野本宮大社、新宮市の熊野速玉大社、那智勝浦町の熊野那智大社を総称して俗に熊野三山という。

12世紀の平安時代後期から熊野三山信仰が高まり、貴族から庶民に至るまで多数の人がぞろぞろと熊野路を歩いたので、その様子を「蟻の熊野詣」と表現した。

つぼ湯前のプースケさん

あづまやの食事は、夕食・朝食とも部屋食となるが、女性の間で大変評判が良いようだ。
2回目の夕食・朝食だが、感想は前回と全く同じだ。


夕食・朝食とも奇を衒った食材・料理はなく、塩分を抑え滋味に富んだ懐かしさが感じられる料理。
夕食は品数か多かったが、まったく胃に負担がかからなかった。
温泉を使う料理が多いためもあるのだろうか。
朝食の温泉粥も美味だった。

最初に並べられた夕食の料理(プースケさん撮影)

プースケさんとともに夕食中、若女将が挨拶に来られた。

槙風呂の話に移り、「私が小さい頃は木がもっと厚かったが、今は痩せてきている。」と話され「漏れがひどいですか?」と私が聞くと、「いずれ造り直さなければならない。その時でも、木材は必ず槙を使います」と語られた。

その時期が間もなくか1年後、3年後か確認しなかったが、この味わい深い風呂は今の内に味わっておきたい。

photo by puusuke-san

湯の華が舞う庭園露天風呂

湯の峰温泉のシンボル「つぼ湯」。プースケさんが危ない場所によじ登って全体撮影に成功。(左上はセルフ撮り)

湯の峰温泉の源泉「湯筒」(左側囲い)

近くでは、高温泉自噴の源泉である「湯筒」が湯煙を舞い上げている。

さらに2種類の風呂を持つ「共同浴場」や世界文化遺産指定地域にある「東光寺」などが温泉街風情に一層の彩を添えている。


大きな地図で見る

あづまやの風情この上ない槙風呂(プースケさん撮影)右奥に蒸し風呂、右側にさまし湯。

大きい方の浴槽。黒くなった槙のため、温泉が黒く見える。飲泉が可能でコップが置いてある。(プースケさん撮影)

桧の床、滑り止めが刻まれている。

重厚な雰囲気の脱衣場。奥左側には蒸し風呂。

薄味の焚物

温泉粥

朝 食(右の2枚も)



熊野牛の温泉しゃぶしゃぶ

カボチャの蒸し物

桶・腰掛けも重厚な木製。

90度を超える高温泉のために加水してあるが、さまし湯(写真奥の小さな浴槽)は加水せずに温度を冷ました源泉100%の風呂だ。

湯上り処にも使える玄関横の小さなロビー

足腰の支障のために今回も1階、風呂場がそばの「したんの間」を頼んだ。縁側から下駄を履いて、そのまま外に出れば東光寺・湯筒・共同浴場が目の前だ。

日本百名湯の宿の風情ある佇まい。玄関先には日本秘湯を守る会のお馴染みの提灯が下がる。

表面張力で盛り上がった温泉。浸かった瞬間、ざぁ〜と豪快にあふれ出る快感はたまらない。泉質は含硫黄−ナトリウム−炭酸水素塩・塩化物温泉、とてもしっとりした肌触りだ。

● 調理に温泉がふんだんに使われた胃にやさしいもたれない料理

もう一方のやや小ぶりの槙風呂。男女交代するので、宿泊者は両方で入浴できる。

湯の峰温泉は、旅館4軒に民宿だけ、温泉街も無く娯楽も無い素朴な温泉地だ。
あづまやも設備の整った宿ではない。洗練された宿でもサービスの良い宿でもない。
しかし何故か心癒される山峡の温泉地であり宿だ。これは温泉力そのものと歴史と伝統がなせる業なのだろうか。

話変わって、プースケさんとご一緒して、家内は彼女の好奇心・取材魂・温泉魂(こんな言葉無いか?)に感嘆しきりだった。
ここ湯の峰温泉でも、つぼ湯の他に早起きして共同浴場の2ヶ所の風呂で入浴、料理の写真撮影でも、食器を整えたり、肉を箸で挟んで撮影したりと一工夫。この記事の中でも、その写真を沢山使用させていただいた。

楽しかった3泊4日の旅

プースケさんの2階角の部屋、目の前に温泉街が見える。(写真2枚ともプースケさん撮影)

日本三古泉とは、「有馬」「白浜」「道後」を言うのが一般的だが、熊野三山と縁が深い湯の峰温泉は、これらと並ぶ最古の温泉の一つだ。
平安時代から熊野詣の「湯垢離場」として知られ、ここで穢れを落としてから熊野三山詣を行った。

現在の湯の峰温泉は、湯の谷川に沿って旅館4軒、民宿15軒の宿が立ち並ぶ小さな温泉街だが、川の袂には1,000年前から続く日本最古の共同浴場「つぼ湯」があって、1日に7回色を変えると言われる湯が今もこんこんと湧き出ている。

温泉名 : 湯の峰温泉 

湯の峰温泉 あづまやU (和歌山県)