住 所 宮城県柴田郡川崎町青根温泉1−1
電 話 0224−87−2011
交通機関 山形自動車道宮城川崎ICから約12km
JR東北新幹線白石蔵王駅からミヤコーバス遠刈田温泉行きで50分、終点下車、タクシーで10分
宿 泊 平日2人1室 1人16,000円前後
泉 質 単純温泉 (源泉温度49.8℃)
適応症 不記載(理由は「温泉の基礎知識ー温泉の効能」参照)
日帰り入浴時間 不可
入浴施設 男女入れ替え制3 貸切3
浴室備品 カラン・シャワー類があるのは、御殿湯など限定、多くの風呂はこれらが無いので注意。
観光スポット 国営みちのく杜の湖畔公園(含むふるさと村)・お釜(蔵王エコーライン・蔵王ハイライン)蔵王スカイケーブル・蔵王ロープウエィ・樹氷・鴫の谷地沼(水芭蕉)・三階の滝(日本の滝百選)&不動滝観瀑台・山寺(立石寺)
近くの温泉 遠刈田温泉・峩々温泉蔵王温泉・かみのやま温泉・天童温泉・秋保温泉鎌先温泉、小原温泉
川崎町HP
川崎町観光HP
不忘閣HP

http://www.town.kawasaki.miyagi.jp/
http://kawasaki-asobi.jp/spot/spa/aone/
http://www.fubokaku.com/

庭園を見下ろす2階の広縁。山本周五郎はここから見た樅を見て、伊達騒動を描いた「樅の木は残った」の構想を練ったのだろうか。

磨きこまれた廊下と客室。客室は使われていないが、一度はこんな部屋に泊まってみたいものだ。

伊達家の主要家紋である「竹に雀」と「堅三つ引両」がはめ込まれた欄間、天井は凝った造りの小組格天井。

12.5畳の主座敷を上段として、それに続く部屋には、伊達家縁の武具や調度品・古文書などが展示されている。

かって、共同浴場だった大湯は、不忘閣敷地内にあった。これが老朽化し、日帰り温泉施設「じゃっぽの湯」の2006年オープンに合わせて取り壊された。
その後、工期2年をかけて、総青森ヒバの「大湯 金泉堂」が完成し、大湯が姿を変えて復活した。

日本国内で、最も豪華な造りの内湯の一つと言っても良いだろう。

伊達家一門の川崎伊達藩の居城があった川崎町は、宮城県の南部に位置する。
仙台市の南近郊にありながら、蔵王山麓に属する山岳丘陵地帯と河岸段丘の発達した山間盆地からなる自然豊かな町だ。

標高が東部の100mから西部の蔵王刈田岳の1,759mに至る西高東低の地形になっている。

蔵王おろしが町を吹きぬけることから、住宅や田畑を守る防風雪林が設けられ、これが町独自の風景となっている。

川崎町は支倉常長(はせくらつねなが)の出身地である。

彼は、慶長18年(1613年)、戦国時代の英雄で、仙台藩祖となった伊達政宗が送った「慶長遣欧使節」の責任者だ。
世界最大級の木造帆船に乗船し、7年をかけてスペイン・フランス・イタリアと周り、バチカン教皇にも謁見して政宗の親書を手渡した人物である。
町内には常長と一族にまつわる史跡や文化財が、数多く残されている。

青根温泉 湯元不忘閣 (宮城県)

7〜8段の階段を下って浴室に入る。この階段を下るとき、重厚な造りが迫って来て鳥肌が立つ。浴槽の広さは10mx3mほどと大きく、浴室内は青森ヒバ、床は木製のすのこ、浴槽の底の素材は切り石、なんとも贅沢な造りだ。通常は男女時間制だが、この日は、宿泊者が少ないためだろう、貸切だった。日本一、贅沢な貸切入浴ではないか?

2m四方ほどの小さな貸切の「新湯」は、床も浴槽も切り石で造られており、シャープで硬質な感じ。カラン・シャワーシャンプー類は置いてない。
「新湯」の名称だが、これはおそらく大湯と比較しての話であり、最近造られた風呂ではない。
風呂の石組は伊達藩の藩主が入浴した当時のままのようで、「大湯」が大きく変貌した今、不忘閣では、ここが最も古い風呂ではないか。
温泉が溢れだす方向の床は、温泉成分で黒くなっている。

 新湯

国道457号沿いの青根洋館。1階が観光案内所、2階が昭和を代表する作曲家で、5000曲を作曲した古賀政男の記念館。

夕食・朝食とも、旧館2階の客室に用意された。

珍しくも1人旅、個室でもくもく食するのは少々侘しかった。

夕食は品数が多く、地元の食材を使った派手さはないが、滋味豊かな品が供されて十分満足できた。

この素っ気ない引き戸を開けたら、下の風景が目に飛び込んできた。通常は男女交代制で、朝8時〜午後8時が女性、午後8時〜御前8時が男性。しかし、この日は宿泊者が少なかったためか、貸切風呂になっていた。

2007年5月に立ち寄った時、ちょうど大湯が着工していた。

不忘閣は国道457号沿いに立つ。

国道から見た不忘閣入口。玄関は一番奥。

日本秘湯を守る会の提灯が吊るされる玄関。

かってのものは焼失、昭和7年に再建された青根御殿。
木造2階建て、屋根は入母屋造り、北面と南面に千鳥破風を飾り、ガラス窓の外には刎高欄(はねこうらん)を廻らす。登録有形文化財で、宿泊者はチェックアウト前にガイド付きで見学出来る。

浴槽全体が桧で造られた湯船は、4mX2.5mほどの大きさ。桧の香りとやさしい肌触りの湯船が素晴らしい。

じゃらん クチコミ評価 総合4.5(2015年1月29日現在)

風呂の4.9は当然、朝食・夕食の点数も納得。館内は昭和を感じさせる木造建築の為、若い人は、部屋や清潔感に対する評価を低くするだろう。

施設名 : 湯元不忘閣(ゆもとふぼうかく) (宿泊日:2015年7月7日)

 御前湯(小)

日帰り入浴不可

データ (変更されている可能性もあります。お出かけ前に当該施設のHPなどでご確認ください。)。

水菓子:抹茶ババロア・すいか

宮城産ひとめぼれ・香の物三種・止め椀(仙台麩と水菜の味噌汁)

酢の物:烏賊酢味噌掛け

蒸し物:鱶鰭風味茶碗蒸し

温もり:日高見牛陶板焼き

焼き物:鮎塩焼き・はじかみ・甘唐辛子焼き浸し

焚合:蛸軟らか煮・里芋・木の芽南瓜

凌ぎ:青根手打蕎麦(十割蕎麦)

お造り:蔵王美澄鱒・帆立・甘海老

伊達椀:馬鈴薯すり流し・蟹しんじょう(裏蓋に伊達家の多数ある家紋の代表格「竹に雀」が付いている)

前菜:鱸枝豆焼・鬼灯とまと・はも南蛮漬け・青梅密煮・苦瓜浸し

先付2:白芋茎と海老胡麻和

先付1:玉蜀黍豆腐

食前酒:さくらんぼワイン

 蔵湯

宮城蔵王の南、花房山の中腹、標高500mに位置し、かっては仙台藩伊達家の御用湯であった青根温泉だが、現在は国道457号沿いに、中小の旅館が6軒が営業する小さな温泉地だ。
日本秘湯を守る会の会員旅館・湯元不忘閣は、創業が享禄元年(1528年)で、当主が21代目になる老舗旅館である。宿泊すれば大小6ヶ所の趣きが異なる風呂に入浴出来る。、中でも青森ヒバで造られた大湯は、日本有数の豪華な内湯と言っていいだろう。

品数が多く、仙台名物・笹蒲鉾も付いた朝食。

● 朝食

  青根御殿

創業が享禄元年(1528年)で、当主が21代目にあたる不忘閣の歴史が青根温泉の歴史にもなる。

代々の伊達藩主が滞在した御殿は既に無いが、これを模して昭和7年に再建された青根御殿は、木造2階建て、入母屋造りで、南北に千鳥破風を置く堂々たる建物だ。

仙台藩伊達家で起こったお家騒動「伊達騒動」を題材にしている「樅の木は残った」を執筆した山本周五郎は、ここに滞在し、窓から見える樅の木の大木を見ながら構想を練ったのだろう。

毎朝、チェックアウト前に、館主や宿のスタッフが、ここを案内してくれて、歴史を感じさせる主座敷や伊達家縁の品々を見ることが出来る。

料 理

 亥之輔の湯

蔵の中に造られた総檜の美しく贅沢な貸切風呂。

玄関と大湯の中間にある「金泉堂」には、湯上り用に冷酒、湯茶、冷水、コンニャク、揚げパン等が置かれている。

不忘閣は創業が享禄元年(1528年)で、当主が21代目になる老舗旅館である。
青根温泉を発見した川崎伊達藩領主佐藤掃部の代から現在に至るまで、佐藤家がここを経営してきた。

不忘閣の館名は、慶長年間に滞在した藩祖・伊達正宗が、この温泉を気に入って「不忘」と名付けたのが由来になっている。

藩主のために造営された青根御殿は火災の為焼失したが、昭和7年(1932年)に、昔の様式を取り入れて再建された。

宿泊客は、チェックアウト前に当館スタッフの案内で、格式高い館内や、展示されている武具や調度品や古文書など、伊達家ゆかりの品々を見ることが出来る。

現在の不忘閣は、この御殿の他、本館・別館・離れで構成されており、その多くは、近年、登録有形文化財に指定された。

部屋は15室、斜面を利用して建設されている部屋もあり、階段が多い離れもあるので、年輩の方は予約の際に電話で確認しておく方が良い。

宿泊料金は、平日2人1室で1人16,000円前後が標準料金だ。

所在地 : 柴田郡川崎町青根温泉

 ●夕 食

明治時代の当館土蔵に造られた蔵湯浴司(くらゆよくす)。
太い梁が組まれた高い天井の下にあって、総檜の香に包まれた大きな風呂を独占する贅沢さを存分に楽しんだ。

 御前湯(大)

じゃらんのクチコミ評価中、風呂は4.9の高得点だが、これは泊まれば納得出来る。
風呂は大湯・新湯・御前湯(大)・御前湯(小)・蔵湯・亥之輔の湯の6ヶ所。宿泊すれば全てで入浴出来る。

宮城県白石市からに岩手県一関市まで、まるであみだくじのように北上する国道457号を走る。

脱衣所、リフォームされていて真新しかったが、ここも脱衣籠が床に置かれていた。

床も木製のすのこ。近づくと浴槽の底も桧なのが分かった。ここには、シャワー・カラン・シャンプー類は無い。

部 屋 3.5  風 呂 4.9
朝 食 4.4 夕 食 4,7 
 接客サービス 4.2 清潔感 3.7

● 貸切風呂

 大湯 (金泉堂)

御殿湯に隣接し、目の前が石垣というごく狭いスペースに建てられた2人がやっとの小さな半露天風呂。入るには頭をぶつけないように低い潜り戸をくぐらないといけない。
貸切風呂だが、他の貸切風呂のようにフロントから木札を持ってくる必要はなく、空いていれば勝手に入り、内側からロックすればよい。

浴室も風呂もモノトーンの墨色でかなり古く見えるが、当館では最も新しい風呂だ。
眺望は全くないが、この点が逆に作用して隠れ湯の雰囲気を醸し出している。

宮城蔵王の南、花房山の中腹、標高500にある青根温泉。
三方を山で囲まれた山間の温泉だが、東側の視界が大きく開け、遥か彼方には太平洋を見渡せるので、開放的で明るい雰囲気を持つ温泉地だ。

青根温泉には小規模な6軒の宿(日帰り施設1)が営業している。
これらは国道457号沿いに点在しているが、土産物屋や食事処が無いので温泉街は形成されておらず、俗化した雰囲気は全くない。

ここは享禄元年(1528年)の開湯なので、500年近い歴史がある。鳴子温泉とともに仙台藩の御用湯として、藩主をはじめ要人が利用した。
手元の少し古い資料によれば、ここに「大湯」「名号湯」の2つの共同浴場がある、との記述が見える。

しかし近年、これらは取り壊され、代わりに源泉掛け流しの日帰り施設「じゃっぽの湯」が2006年4月にオープンした


青根温泉の中心にある「青根洋館」は、明治時代の洋館を復元したものだが、一階は観光案内所、2階が「古賀政男記念館」になっている。

温泉名 : 青根(あおね)温泉

御前8時〜午後8時が男性、午後8時〜御前8時が女性。

なまこ壁の土蔵が連なる通路を進んで蔵湯へ。老舗宿ならではの風景だ。

小さな明かりとりがあるだけ、浴室内は薄暗く雰囲気がある。これだけ贅沢な空間なのに、独立した脱衣所脱衣所は無く、浴室内、左前方に藤編みの籠が数個置いてあるのみ。また、ジャワ^−・カランが無い。いずれもかっての大湯の構造を模したためだろう。

泉質は集中管理の単純温泉。湯温は40℃位の適温だった。

巨大な梁が6本、天井に張り巡らされ、その上に高い天井と湯気抜き。その壮観さに圧倒される

広い浴室なのに、簡単な脱衣所。石の床に、藤網の籠が数個無造作に置かれている。

風 呂

フロントも帳場の雰囲気。

木造、昭和の雰囲気が漂う館内。

沢山の民芸品が置かれたレトロな雰囲気のロビー。

御前湯(大)と隣り合う。こちらは2人がせいぜいの小さな木製の風呂だが、床も浴槽も歴史を感じさせる風情がある。1人でゆったり入浴するのにはここが一番良いかもしれない。

8年前に立ち寄って入浴した唯一の風呂がここだった。桧だろうか、青森ヒバだろうか、武骨な木造の風呂は2mX4mほでの大きさ。
他の風呂と違って、ここは窓が広く取られているので、透明度の高い単純温泉が光に反射してきらきら輝くのが美しい。浴槽は何回か造り直されたが、窓から見える石組は、江戸時代からのものだ。
下の御前湯(小)とともに、シャワー・カラン・シャンプー類があるので、体はここで洗っておきたい。

部屋は1階奥の年季の入った和室「伊勢」。10畳・3畳踏込み・広縁・トイレ(ウオッシュレット)・洗面所。平日・1人泊で15,500円(税込16.890円)。全室が洋式・ウオッシュレットではないようなので要確認。

日本旅館は、やはり広縁が有った方が嬉しい(10畳広縁無しより、8畳広縁有りの方が快適)。広縁からは、よく手入れされた内庭が眺められた。

貸切風呂は「蔵湯」「新湯」と「亥之輔の湯」だが、宿泊人数などによって「大湯」も貸切となる。この日は大湯も貸切だった。
予約不要・無料で、フロントに置いてあるまな板並みの大きさと重さのこの札を抱えて、当該浴室に持参する。

館内外
風景