江戸時代、先祖が寄進した山門。
一番若い子孫が柄杓で水を。2011年 3月11日大地震で背後の多数の先祖の墓と石垣が倒壊、ようやく修復が済んだ。
法事の際の読経。
住 所 | 栃木県芳賀郡益子町益子243-3 |
電 話 | 0285-72-7777 |
交通機関 | 北関東自動車道宇都宮上三川ICから国道4号線・県道で約20km JR東北本線宇都宮駅西口バス停から東野バス⑭益子行きに乗車約65分 |
宿 泊 | 59室(和室露天風呂付4 同T付35、和洋室BT付20) 平日2人1室1人 14,000円~20,000円 |
泉 質 | 単純温泉 (29℃ 無色澄明無味無臭 200ℓ/分 pH8.0) 加水無し 加温有り 循環ろ過有り |
適応症 | 不記載(理由は「温泉の基礎知識ー温泉の効能」参照) |
日帰り入浴時間 | 不可 |
入浴施設 | 内湯男女各1、露天風呂男女各1、サウナ |
観光スポット | 益子本通り一帯(陶器店巡り・日下田藍染工房・浜田庄司記念益子参考館・西明寺など) 日光、那須 |
お土産・食事 | 益子本通り及びその周辺に食事処多数 |
近くの温泉 | 周辺に芳賀温泉・真岡井頭温泉・市貝温泉などの日帰り施設 喜連川温泉、馬頭温泉、塩原温泉、那須温泉、日光湯元温泉 |
益子町HP 観光協会HP 益子舘HP |
http://www.town.mashiko.tochigi.jp/ http://www.mashiko-kankou.org/ http://mashikokan.jp/ |
造り(湯葉2種盛り・刺身こんにゃく)
煮物(女将まんじゅう第二弾・・・お品書き通り))
焼物(真鯛ソテー、地元の野菜もたっぷり)
台物(栃木和牛ステーキ)
蒸し物(ホワイトシチュー)
酢の物(鮑肝豆腐)
水菓子(里山スイーツ)
前菜(川海老・ずいき・百合根羊羹等・・・渋い品が並ぶ))
大きな岩石を積み上げた人口の岩壁に、時間になると水が落されて、なかなか壮観だ。左側は珍しく静かに入浴している孫。
一度に20人は入れるかなり大きな内湯。循環ろ過とはいえ、加水無しなので、かなりの湯量があるのだろう。
客室へのエレベータは駅の物より長くて立派なので驚いた。
401号室、標準的な15畳和室。シンプルな造りで土曜1人16,200円(平日なら14,040円)。
吹き抜けのシンプルな方形のロビー。この館内から公共の宿と思った。
隣の芳賀町の寺に孫達も一緒に墓参りに行くことになったが、都合で現地到着が4時過ぎになるため、近くに温泉旅館を探した。
塩原・那須・鬼怒川・川治温泉なども考えられたが、偶然、地元とも言うべき隣町の益子に温泉付きの益子舘を見つけた。
ここは、益子町の陶器街から南へ2kmほど、ゆるやかな丘陵が広がる里山にある。。
広い敷地内に、なんでこんな所にと一瞬思ってしまう、鉄筋6階建ての立派な建物で、部屋は、和室露天風呂付4 同T付35、和洋室BT付20の計59室で、かなりの規模である。
館内にはエレベーターの他にエスカレータもあって驚かされる。
料金は平日、2人1室1人で14,000円~20,000円前後だが、各種条件で増減するので、詳細・最新情報はここのHPを参照ください。
益子舘は、元々、別の所で旅館を経営していた人が、益子の有志が掘削した温泉の権利を買い取って、先ずは温泉健康センターを開業、その後、温泉旅館に形を変えていったものだ。
幼少時代は隣の芳賀町に住んでいたので、身近にあった益子焼。左側の食器が自分の益子焼のイメージだ。
益子の陶器街から南へ2km、部屋からの穏やかな里山の風景。
日帰り入浴不可
日本有数の陶器の郷、益子ののどかな里山に湧く益子温泉の一軒宿、益子舘 里山リゾートホテルに孫達と宿泊、翌朝、隣の芳賀町にある先祖代々の墓を訪れた。
孫達の宿泊料金は無料、部屋は15畳と広く、料理も風呂もそこそこ満足、コスパの良い宿だった。
孫と墓参り
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夕食・朝食とも食事処で。
幼児がいるせいだろう、夕食・朝食ともダイニングルームでなくて、畳の部屋にテーブル+椅子を置いた食事処。
夕食は華やかさ・洗練さは無いが、そこそこ手の込んだ料理も供されて、宿泊料金にほぼ見合ったものだった。
孫二人は宿泊料金がセロ、従って夕食も朝食も無料で、この点からコスパの良さが感じられた。
食 事
かって、地元の有志6人が温泉を掘って、1988年に湧出した。
この温泉の権利は、鬼怒川温泉で旅館を経営していた高橋正男に譲られて、日帰り温泉施設(益子焼温泉健康センター)を開業、後に旅館となって益子舘がオープン、現在は2代目が経営を引き継いでいる。
源泉住所を見ると、益子舘と同一なので敷地内に湧出しているのだろうが、これが当初の源泉と同じなのかは定かでない。
泉質は無色澄明無味無臭の単純温泉で、泉温は29℃、pH8.0で、加水無し、加温有り、循環ろ過して利用している。
風呂は男女別の内湯と露天風呂がある。
客室数に応じたかなり大きな浴槽で、特に目の前に巨岩を積み上げた岩壁を水が流れ落ちて瀑布となる様を見る露天風呂は壮観だ。
尚、日帰り入浴は受け付けていない。
風 呂
部 屋 | 4.1 | 風 呂 | 4.2 |
朝 食 | 4.1 | 夕 食 | 4.2 |
接客・サービス | 4.1 | 清潔感 | 4.0 |
じゃらんクチコミ総合 4.2(57件平均)
芳賀郡は日本で有数の陶器の町である益子町や、自分の先祖の地であり、江戸時代に山門を寄進した菩提寺がある芳賀町など4町から構成されている。
益子町は栃木県南東部に位置し、小貝川が町西部を北から南へと流れ、その河岸の平野部が町の大半を占め、のどかな田園地帯が広がる。
町の南部は丘陵地帯で茨城県と境を接している。
益子焼の歴史は意外に浅い。
江戸時代末期、ほど近い茨城県・笠間(焼)で修業した大塚啓三郎が、藩の後援により益子に窯を築いたのが始まりである。
土瓶・鉢・水瓶等の実用雑器が中心だった益子に転機を迎えたのが大正時代だ。
民芸運動の陶芸家、浜田庄司が益子に住み、益子の土を活かした独特の作品を作り出した。
浜田庄司は後に、国の重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定された。
翌朝、隣の芳賀町にある先祖の墓に孫達と一緒に墓参。
幼児用夕食プレート(オムレツ・ハンバーグ等)
幼児用朝食プレート(オムレツがダブリだが、無料なので文句無し)
朝食は、品数多く充実していた。
大きな内湯。土瓶は、かっての益子焼の主力商品だった。
陶芸店が並ぶ美しい町並みの益子。窯元が約260ヶ所、陶芸店が50軒もあり、多数の陶芸家が、様々な作風の陶器を産み出している。春と秋には、大規模な陶器市が開催されて、大変な人出となる